monsutela’s blog

忘却録と夜の徒然なるままに

トンネル

秋から冬にかけての時期とは、沁み沁みと心に染み入ると言えば聞こえがいい。物悲しい、と言ってもよく聞こえてしまうものだから舌打ちでもしたくなるが、私はこの時期が嫌いだ。

 

昔から11月を中心にこの時期は苦手なのだ。11月の20日も25日を過ぎてしまえば大体は上がってくるのだが、今年は特にこれに大きく左右されてしまったようで師達の走り回る足音が響くこの12月になっても尚気持ちがのらない。

と、言うのも私自身の今身を置いているこの状況・環境について少し考え始めてしまったのがことの発端なのである。やってみたいことや興味を持った世界が見え隠れするなか、非現実的なその影に目を背け、ひたすら今まで寄り道せずに真っ直ぐ歩いてきてしまったのだ。それに少し嫌気が差してきた時分で、季節も重なり今に至る。

もし影に目を向けようともすれば、結構大きな決断になるのでそこそこ困っているところだ。

 

時を同じくして、私の秋とは読書の秋と呼ぶべき"読書気分"が高まる。今年は上のような悩みもあったせいか、私の熱意は自己啓発やら実用書やら"楽しむ"とは少しテイストの違った方面に向かった。

その中で「書くことは自己表現」と述べた本があった。ここでふと自身の悩みと重なった。この備忘録のように何か文やまとまった何かを書いて残すこと、単に忘れずメモを取ること、SNSのような人目に触れるところに出すこと、、、作家や画家などでは作品として残すことも1つか。はたまた記録を目的とせず誰かに見られることを前提としないただ思いを何かを吐き出すための手段であったり、どのように表現するかという広義で捉えるのであれば言語や人とのコミュニケーションだってその1つで……と、思考が広がっていく。

 

ハッとなった。

 

具体的にどんな悩みで、どこに刺さったか、なんかを書くとまたウジウジしそうになるので止めておくが、つまり私はいまの現状では自己表現出来ておらず、それを求めていたのかもしれないというところまでわかった。そしてその表現は、"書く"という非常に身近で簡単な方法でしてもできると言うところだ。

このブログは誰に見てもらうでもない、自分に書くことを半ば強制させる自分のための記録であって表現とはまた少し異なるツールではあるが、単に訪れた備忘録を作成するに留めず、こうして思ったことを残しておくのも良いのかもしれない。